私は父が5000冊を越える蔵書を所有していて、幼い頃から書籍があることが当たり前の生活をしていたので、今となっては恥ずかしいことながら書籍がある生活がどれだけ恵まれているかに気付けない人間でした。
父は戦後の混乱期に生まれ、子供には自分がした苦労をさせまいという思いがあっての薫陶だったと後で知りましたが、適切な時期に適切な書籍を与え、日本人としての道を示してくれたことには今でも頭が上がりません。
幼い頃は横山光輝の三国志、項羽と劉邦、史記といった漫画から入っていきましたが、父の思惑通りに原書に興味を持ち読み始め、諸子百家や史記・十八史略といった思想書はもちろん墨攻などの小説からも背筋が震えるほどの感銘を受けたことを今でも覚えています。特にお気に入りは秦の始皇帝をして震撼させてという韓非子です。
東洋思想を理解する上での基本的な下地が出来上がると、今度は日本編に入り司馬遼太郎、柴田錬三郎、子母沢寛などの時代小説に入り葉隠聞書などから、やがて各種剣術指南書や武術指南書にはいり、現実で行動しながら実際に得た知識を実践で試して知識と現実との間にどれだけの差があるのかを検証していくことの大切さを教育されました。
結局のところ、いかに大量の書籍をよんで知識を手に入れたところで、現実社会を構成しているのは人間なので知識を現実に押し込めるのではなく、現実の状態に合わせて書籍で得た知識を応用していくことの大切さを挫折とともに思い知ることとなりました。
そして義務教育を終える頃にはあらかた東洋思想については嘗め尽くしたので、当然のことながら今度は西洋文学や哲学書などに興味を持ちました。文学では赤と黒に見られるような平民が成り上がるための宗教に深くかかわる権力闘争をはじめ、カント・ヘーゲル・ヴィトゲンシュタイン・ストロースなどの哲学書からも、人間・人間・ひたすら人間を追及して人間関係の中の自分から社会を認識する東洋の考え方と、自己を中心に世界のあり方や、自分と世界がどう対峙して自己を形成し世界を主導していくかという思考の過程の違いには目から鱗が落ちる思いでした。
実際、その頃には海外旅行をさせられ、日本という国を、国内からだけでなく海外から見せることで、単純に西洋思想にかぶれる事が良いのではなく、互いの関係性において日本人の自分はどうあるべきであることをはっきりと自覚させられました。これは後で知ったことなのですが、自分の知識と経験を子供に引き継がせると共に、かつ自分一代では成し遂げられなかったことを、子に引き継がせ成長を促そうという思いがあったからの行動なのですから生涯を通じても越えられない壁が父親なのだなと強く感じています。
しかし、こうして記述してみると改めて父の教導能力の凄さ、といかに自分が父の思惑通りに教育・薫陶させらていたことが良く分かり若干の悔しさを感じると共に、舌を巻く思いです。本当に必要な時期に、必要な書籍を渡し学ばせるという感覚の鋭さは驚嘆に値します。ただ、お前は真面目すぎるので年頃の男はこういった本も読むべきだと「そっち系」の本まで机の引き出しに、ひそかに支給されていたのは「さすがに気の回しすぎだ、父よ」と思ったのは今では笑い話です。
やや本筋から離れましたが最後にまとめると、書籍のある生活は本当に幸福なことですが、知識が事実であるかを実際に検証し、己の考えを確立していくことが真に重要であると結論付けて筆をおかせていただきます。
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